「行かないで」母を置き去り震災スピーチで注目集めた女子大生がTwitterアカウントを削除して更に話題に

LINEで送る
Pocket

 
3月11日の東日本大震災追悼式で遺族代表としてスピーチした女子大生がネットで批判的な目を向けられています。


19歳というこの女子大生は東日本大震災追悼式でスピーチした際、母親を置き去りにして避難した経験を語っていました。

話のインパクトの強さからこの女子大生はすぐにネットで話題となりましたが、東日本大震災直後に語っていた経験談と微妙に食い違っているのではないかという指摘が出たことや、震災後に留学や一流大学への進学を含め華々しくステップアップしている様子など充実した生活を語るTwitterから、現在も苦しんでいる多くの被災者と比べ違和感を禁じ得ないとする声が出たことで批判的な目を向けられています。

この女子大生が追悼式で語っていた話は翌日の朝日新聞に一面トップで掲載されていました。

【朝日新聞】「大好きだよ」瓦礫に母残し4年 19歳が誓った言葉

あの日、中学の卒業式が終わり家に帰ると大きな地震が起き、地鳴りのような音と共に津波が一瞬にして私たち家族5人をのみ込みました。

しばらく流された後、私は運良く瓦礫(がれき)の山の上に流れ着きました。その時、足下から私の名前を呼ぶ声が聞こえ、かき分けて見てみると釘や木が刺さり足は折れ変わり果てた母の姿がありました。右足が挟まって抜けず、瓦礫をよけようと頑張りましたが私一人にはどうにもならないほどの重さ、大きさでした。母のことを助けたいけれど、ここに居たら私も流されて死んでしまう。「行かないで」という母に私は「ありがとう、大好きだよ」と伝え、近くにあった小学校へと泳いで渡り、一夜を明かしました。

しかし、2011年6月にはこう語っていました。

【あしなが育英会】東北津波遺児らが米国NYタイムズスクエアで街頭募金実施!

津波に流され、二晩、自宅屋根の上で過ごしました。大きなガレキで背中に傷を負ったとき、彩加さんは飛び上がり、足の爪がはがれました。「母、祖母が亡くなりました。祖父は未だ行方不明です。

2011年8月の時点でもストーリーはこうなっています。

【BEYOND Tomorrow】「世界にとどけ 東北の声」 震災遺児 逆境を乗り越えて夢の実現へ 中国・大連で行われる夏季ダボス会議にて世界のトップリーダーと交流(PDF)

– 津波によって母、祖母が亡くなり、曾祖母は未だ行方不明。自らも津波に流され負傷し、二晩、自宅屋根の上で救助を待った。

– 高校では特別進学コースに在籍し、寮生活を送りながら大学進学に備えている。今年の夏休みはカナダで短期語学研修に参加し、英語を学んだ。「中国でのダボス会議でも、世界中の同世代の人たちや同じような気持ちを持った人たちと、たくさん交流したい。」

ところが2011年9月14~16日に中国・大連で開かれた「夏季ダボス会議」に招待された際にはスピーチでこう語っており、冒頭の追悼式での話に合致しています。

【仙台育英学園】スピーチ

足下のがれきを少しよけてみると私の母の姿がありました。くぎが刺さり木が刺さり、足は折れ、変わり果てた母の姿。右足が挟まって抜けず、一生懸命がれきをよけようと頑張りましたが、私一人ではどうにもならない程の重さ、大きさでした。母のことを助けたいが、このままここにいたらまた流されて死んでしまう。“助けるか”“逃げるか”。私は自分の命を選びました。今思い出しても涙が止まらない選択です。最後その場を離れる時、母に何度も「ありがとう」「大好きだよ」と伝えました。「行かないで」という母を置いてきたことは本当につらかったし、もっともっと伝えたいこともたくさんあったし、これ以上辛いことは、もう一生ないのではないかなと思います。その後、私は泳いで小学校へと渡り一夜を明かしました。

一方で2011年6月「自宅屋根で二晩過ごした」と語っていたのと同時期に掲載されたCNNの英語版記事にはこう記述されており、「どれが本当の体験談なのかわからない」とネット民は困惑。

【CNN】Plight of Japan’s ‘tsunami orphans’
Sayaka and her mother, Riko Sugawara, were pulled by the first tsunami waves out of their home and into the school’s outdoor swimming pool.
“The rubble was piled on top of me and I could feel the water pulling back. My mother was next to me, alive and talking. Her right leg was under the rubble and she couldn’t move. She told me to go.”
Sayaka’s face shows no emotion as she recounts the moment. “I told her, ‘Okay, I’ll go now.’ She then said, ‘Don’t go!’ But I still left.”
Just as she pulled herself out of the rubble another tsunami wave hit, throwing her high into the air and onto the school’s red rooftop. Here the story becomes fuzzy — she believes two days passed before rescuers pulled her to safety.

サヤカと母親は最初の津波で家から小学校のプールまで流された。母親は話が出来たが右足は瓦礫に挟まれ、動くことができなかった。

母親は娘に「行きなさい」と言った。娘が「わかった、行くよ」というと母親は「行かないで」と言った。

娘が瓦礫から抜け出すと、ちょうど次の津波が押し寄せたため、小学校の屋根に打ち上げられた。彼女は助けが来るまで2日間かかったと信じている。

 
地震と津波による極限状態において記憶が曖昧になった可能性は否定できず、また結果的に母親を失う悲劇に遭遇したこの女子大生が結果的に母親を置き去りにせざるをえなかった点が非難されているわけではありません。

とはいえこれまでに残された当時の話が完全に整合しているとも言えず、天皇陛下も列席された追悼式で遺族代表として語った内容について補足説明を期待していたネット民に対し、この女子大生が取った行動は何故か「Twitterアカウントの削除」でした。

騒動初期にネットで見つかっていたこの女子大生のTwitterアカウントには、多くの方が亡くなった大川小学校の写真をTwitterに添付して「わーーー、母校!!!」と嬉しそうな声を上げたり、缶ビールが写り込む写真がツイートされていたりしていたのが見つかっています。

また、追悼式の報道を見た方々による自分への賞賛ツイートを片端からリツイートしてお気に入りに加えるなど、母親との別れのシーンで「ありがとう」と述べていた以外にも女子大生の感性に多くのネット民が「共感しづらい」と感じていることや、女子大生のTwitterアカウントと同じタイミングで関係する支援団体のWebサイトからマネジメントチームや組織について説明したページが削除されていることも判明するなど、震災時の描写以外にも説明を求める声が強く出ていたことから、突然のTwitterアカウント削除に対して訝しむ声が多く上がっています。

天皇陛下の前でスピーチし新聞の一面を飾ったこの女子大生は、AERAの2014年12月29日-1月5日合併号において「日本を突破する100人」に錦織圭さんらと並んで選ばれていましたが、この騒動を乗り越えて次世代の旗手となれるのでしょうか。
 


メディアに載らない政治ニュースなら「BN政治 by BuzzNews.JP」。全て編集部によるオリジナル記事を提供しています。新着情報はこちらから。


follow us in feedly


当サイトの著作物は無断転載・使用を固く禁じています。各種Webサイト・掲示板・動画・スマートフォンアプリなど形態を問わず権利侵害行為に対しては著作権法及びその他の法に基づき厳正に対処します。転載には許可が必要です。「無断転載禁止」をご覧ください。
当サイトは「BuzzFeed Japan株式会社」とは何の関係もありません。また2015年2月に閉鎖されたバイラルメディア「BUZZNEWS」やその関係者とも一切関係ありません。

最新の調査

官邸前抗議活動への警察警備は

結果を見る

過去のアンケート結果一覧

Loading ... Loading ...

Twitterで新着記事配信中

新着記事をブラウザへプッシュ配信

Facebookで新着記事配信中

PAGE TOP